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福星寺のしだれ桜

更新:2011年3月31日

福星寺のしだれ桜の写真
福星寺のしだれ桜

 福星寺しだれ桜は、元和元年(1615年)11月に徳川家康公が江戸から東金方面に鷹狩りに来たおり金光院(福星寺の親寺)へ立寄りました。本堂の前のしだれ桜を見て「これは珍しい桜だ」といわれことのほか讃られしばしの間この桜の木に手をかけられたことから檀家の人達は「お手かけの桜」と呼ぶようになったといわれています。縁起をかついだ福星寺は金光院のしだれ桜を株分けして頂き、創建を記念して本堂の前に植えられたとのことです。
 このしだれ桜は樹齢約380年余りで目通り周囲3.3メートル、樹高14メートルで素晴らしい花を咲かせます。3月中・下旬の観桜時期に入ると近隣から多くの見物客が訪れ賑わいます。

しだれ桜の見頃な時期

2011年4月親子しだれ桜の写真
親子しだれ桜(2011年4月)

  • 3月中旬から4月上旬(気候によります)

2011年4月しだれ桜の写真1
しだれ桜の中で(2011年4月)

2011年4月しだれ桜の写真2
日差しの中のしだれ桜(2011年4月)

2011年4月しだれ桜の写真3
風に舞うしだれ桜(2011年4月)

所在地/交通

  • 四街道市吉岡898 (観桜時期仮設トイレ1基あり)
  • JR四街道駅より千葉内陸バス「千城台駅行き」福星寺入口下車
  • モノレール千城台駅より千葉内陸バス「みそら団地行き」福星寺入口下車

観光・地域めぐりをされる際のマナーを大切にしましょう!

 市内における観光・地域めぐりをされる際には、その場所の所有者の方、大切にされている方々に十分なご配慮をくださいますようお願いいたします。
 また、駐車場やトイレ、ゴミの問題が地域の方々を悩ましている例も見られます。是非そのような点についてもご配慮くださいますようお願いいたします。

歴史

福星寺門と土塁跡の写真
福星寺門と土塁跡

虎口跡と木出城方面に向かう古道の写真
虎口跡と木出城方面に向かう古道

寺院を囲む巨大な土塁跡の写真
寺院を囲む巨大な土塁跡

 真言宗豊山派福星寺は、四方を土塁と空堀に囲まれた中世の城址でもあります。

 中世期に「平清盛」を始めとする「桓武平氏」の流れを引く、下総国守護「千葉氏」の一族で臼井庄(現在の四街道市北部と佐倉市臼井周辺、八千代市、船橋市東部)を治めていた「臼井氏」の一族「吉岡氏」が近隣の木出城と共に居城し、同じく四街道所縁の臼井氏一族「山梨氏、蕨氏、中台氏、小名木氏」らと共に千葉庄山梨郷周辺(現在の四街道市南部)を治めていたといわれています(吉岡氏に関しては、関東公方に仕えた吉岡盛胤が知られています)。
 
 時代は下り、下剋上の戦国時代には「鬼美濃」の異名を持つ、武田信玄の家臣「原虎胤」の出生家でもある千葉氏一族の「原氏」が、後北条氏の他国衆として千葉氏宗家を凌ぐほど下総国にて台頭し、臼井庄と千葉庄を治めます。そして臼井氏一族は原氏直属の家臣団「臼井衆」に加わり、関東管領の上杉謙信や上総武田氏、房総里見氏・正木氏らとこの四街道周辺の地で合戦を繰り広げ、後北条氏と供に戦国諸大名(武田信玄、徳川家康など)との合戦のため、関東各地へ遠征しました。
 
 やがて天下統一に乗り出した豊臣秀吉と関東戦国諸大名による「小田原合戦」によって後北条氏と供に千葉氏が滅び、豊臣軍の徳川家康により関東が平定されました(原氏は家康の家臣に加わりました)。そして元和2年(1616年)に權僧都宥照という僧により寺院として廃城跡に開基されたのが福星寺始まりといわれています。

桜花びらの写真
桜花びら

福星寺と桜
福星寺と桜

福星寺額の写真
福星寺額

お問合わせ

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電話:043-421-6134
FAX:043-424-2013

お問い合わせ

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